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かつらぎ町観光大使 小林稔侍さんインタビュー“ふるさとかつらぎ”

Q1 かつらぎ町に戻って来られたときの感想は?


僕は50年前にかつらぎ町を離れました。今回戻って来て、駅が無人駅になっていて寂しいなと感じましたが、これは世の移り変わりで交通手段も変化した中で、車を利用することが増えたことによるものだから、人が豊かになった象徴だと思います。
また、かつらぎ町は緑が多く、人がおっとりしていて
   「静かに豊かになった」
という印象を受けました。
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現在のJR和歌山線「笠田駅」

Q2 かつらぎ町によく帰って来ますか?


18年前に親父が亡くなってからは、今日までに2回ほど帰りましたね。
最近では、5年ほど前に京都で撮影があったとき、自分で車を運転し、夜京都を出発して真夜中にかつらぎ町に着き、お墓参りをしたことがあります。
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小林さんが生まれ育った笠田の町並み

Q3 かつらぎ町の思い出はありますか?


同級生に御所出身の友達がいて、その友達の家は、途中まで自転車を押して登り、その先は自転車を置いて歩いていくようなところで、1度その友達の家の縁台で昼寝をしたことがあったんだけど、目が覚めると家が山の上なので雲が目線の高さに見えるんです。
   「あれ?僕は死んで天国に来たのかな」
ってあの時はびっくりしましたね。
・・・まあ天国って言い切るのも図々しいんだけどね。
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南方の山より紀の川を眺めた景色

Q4 子どものころなりたかった職業は?


物心付いて一番最初になりたいと思ったのは、蒸気機関車の機関士です。
小学校3・4年生のころ、担任の先生が歯医者さんの娘さんで、僕の家に来たとき、
   「稔侍君、歯医者さんになりなさい」
と言うんです。先生に
   「どうしてですか」
と聞くと、
   「1日に1人か2人お客さんが来たら十分食べていけるでしょう」
って。また、笠田小学校そばの大きなクスノキの下にパーマ屋さんがあったんだけど、親父が親しくて、そのパーマ屋の奥さんも同じことを言うんです。だから将来大きくなったら絶対「歯医者」か「パーマ屋」だなって思っていましたね。
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十五社の楠

Q5 子どものころよく遊んだ場所はありますか?


紀の川と笠田高校の近くの池ですね。
当時は友達ともよく遊びましたが、一人で遊ぶことも好きで、誰にも行き先を言わず折居(おりい)沿いの紀の川へ遊びに行くんですが、お昼ごろになると必ずお袋が歩いて弁当を持ってきてくれました。私がいるかどうかもわからないのに、いつも同じ所で遊んでいるのでいるだろうと思っていたようです。
高校近くの池(太尾池)にもよく行きました。
池の水が抜けていたときはいろんな生き物を捕まえたり、また土手に座って物おもいにふけていたりしていましたね。
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太尾池

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